マリア・カラス、せつなく美しく散った20世紀最高のディーバ
マリア・カラス
1923年12月2日 生まれ(〜1977年9月16日)
画像引用元:マリア・カラス – Wikipedia
不世出の歌姫
世紀の歌姫、マリア・カラスは1928年にニューヨークで生を受け、1977年に52才の若さでパリで孤独に生涯を終えたギリシャ系のオペラ歌手です。オペラに触れたことがない人でも一度はマリア・カラスの名前を耳にしたことがあるのではないでしょうか。その美貌と個性、類まれなる美しく迫力ある歌声は20世紀最高のソプラノ歌手、歌姫(ディーバ)と呼ばれ、21世紀の現代にもその名をとどろかせています。
マリア・カラスの歌姫としての最大の魅力はテクニックを駆使した歌唱力だけでなく、彼女が持つ鋭い感受性に裏付けされた傑出した表現力で、オペラの舞台を生き生きと歌い演じる超越した力量です。オペラを万人に愛される血肉の通った芸術として、世界に人気を広めた功績はまさにこの美しい歌姫によるものです。
波乱万丈の人生と孤独
マリア・カラスの生き方はまさにオペラそのものの劇的なものでした。激しく情熱的で正直な彼女の性格からトラブルも少なくなく、そのうえ華やかな彼女の歌姫としての全盛期はわずか10年足らずでした。
その美貌の陰に隠された40kgの減量、不摂生や難役をこなし続ける生活で歌姫の命である声を失うという悲劇、事件としても語り継がれる突然の大舞台の降板。プライベートでは最初の結婚後に夫から愛する人の元へ自ら家を飛び出し夫とは離婚しました。
この愛人がかの有名なギリシャの海運王オナシスですが、彼はのちにマリアではなくケネディ大統領の未亡人であるジャクリーヌとの結婚を選ぶことになります。おそいかかる苦悩と孤独にまみれたその人生は女性の人生としては過酷だったかもしれません。
歌に生き恋に生き
オペラの歌姫として君臨することを世界から求められたがゆえに普通の女性でいることを許されなかったマリア・カラス。歌姫としての栄光とはうらはらに、自分が最も望んでいた愛と平安を最後まで手に入れることはできませんでした。
彼女は誰よりも傷つきやすく、愛し愛されることを望んだ素直でピュアな女性だったのではないかと思います。美しかった彼女の亡骸は一旦はパリで埋葬されたものの、生前のマリアの希望により祖国ギリシャのエーゲ海に散骨されました。
マリア・カラスの歌い上げた代表的な作品である「トスカ・歌に生き恋に生き」を体現したような人生。歌姫としての自らの使命を力の限り精一杯まっとうし、一人の女性として愛を求め続けながら自分に正直に生きた彼女の激しく華麗でせつない生き方は時代を超えて人々の心を震わせる感動的な人生でしょう。