宇野千代に学ぶしなやかで強い女性の生き方

公開日:  最終更新日:2014/12/28

宇野千代
1897年11月28日生まれ(〜1996年6月10日)
画像引用元:宇野千代 – Wikipedia

宇野千代の生き方 仕事も恋愛も貪欲に生きる

 1897年に広島県岩国市で生まれた宇野千代さんは、明治・大正・昭和・平成と激動の時代を生き抜いた女性です。彼女の生き方で注目されるのが、恋愛遍歴と4度の結婚を経験し、そのたびに別れも多く経験していることです。

 その一方で多才で知られており、女流作家としての顔とは別に、編集者・着物デザイナー・実業家の顔も持ちました。1936年にはファッション雑誌スタイルを創刊しています。戦時中にいったん廃刊しましたが、1946年に再び刊行して成功を収めました。

 着物のデザインもはじめてスタイル誌上で紹介するなど、実業家としても成功しています。画家の東郷青児さんが売れない頃は、妻として彼の画の販売に尽力していました。最後の夫である北原武夫さんと共につくった出版社は、従業員が脱税したため多額の借金を抱えます。

 北原さんとの関係が破綻しながらも、協力して借金の返済を行いました。結婚離婚を繰り返すたびに家屋11軒を建てたため「私が建てた家」という随筆にしています。

女性の恋愛、幸福とは何かを問いかけた人生

 1980年代からは、女流作家として恋愛・幸福・長寿に関する随筆を多く書いています。
自伝的小説「生きていく私」は、多くの女性から支持され宇野千代さんの代名詞ともなりました。著書「幸福の法則一日一言」では、生きるとは動くことであり生きている限り体と心を動かさなければならない、と書いておられます。

 メディアにはほとんど露出しなかった宇野さんですが、晩年「徹子の部屋」に出演して、これまでの人生について語りました。私は全てのことを覚えていて忘れないほど強くはないが、弱くてもよいと思っているという主旨の発言は、多くの人々の共感を得ました。
批判されることも多かった宇野さんの生き方でしたが、それでも彼女は確固たる信念を持って何度も沈んでは起き上がりました。

 生き生きと颯爽と生きて「私何だか死なないような気がするんですよ」というエッセイを発刊するなど長寿でした。98歳の時に急性肺炎のために虎の門病院で亡くなりました。

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