美貌の女優ヴィヴィアン・リーの情熱人生とは

公開日:  最終更新日:2014/12/28

ヴィヴィアン・リー
1913年11月5日生まれ(〜1967年7月8日)
画像引用元:ヴィヴィアン・リー – Wikipedia

ハリウッドの名女優ヴィヴィアン・リー

 映画「風と共に去りぬ」をご覧になったことはあるでしょうか?細い眉を片方だけくいっと吊り上げた絶世の美女、ヴィヴィアン・リーはそのヒロインを演じたハリウッドの女優です。強い意志を持つ南部の美貌の女性スカーレットを情熱的に演じ、見事アカデミー主演女優賞を受賞しました。

 「哀愁」でみせた無垢で純真な女性も印象的。「アンナ・カレーニナ」では愛に生き自らを追いつめていく女性を熱演しました。気品がありながら、どこか憂いをおびて儚げな美貌の女優ヴィヴィアン、彼女の人生は情熱的なものでした。

真実の愛を求めて

 ヴィヴィアンは1913年英領インドの裕福なイギリス人家庭に生まれました。芸術を愛する両親の影響で早くから演劇に興味を示していたようです。6歳の時イギリスの女子修道院付属学校に転入。友人に「立派な女優」になりたいという夢を語っています。両親の勧めで19歳にして13歳年上の弁護士と結婚、娘を出産し、一度は家庭に入りましたが、演劇への夢を諦めることが出来ず、翌年から映画や舞台に立つようになりました。

 転機となったのは1936年のイギリスの名俳優ローレンス・オリヴィエとの共演。2人は激しい恋に落ち、ともに離婚が成立しないままに同棲を始めます。1938年オリヴィエを追ってアメリカに渡った彼女が、彼の紹介で、ヒロイン不在のまま炎上シーンを撮影していた「風と共に去りぬ」の現場を訪れ、大抜擢されたのは有名な話。無名のイギリス人女優がアメリカを代表する映画女優になった瞬間です。

 1940年、離婚が成立した2人は結婚、英国に戻り幸せな時を過ごします。しかし、1944年結核となり、1945年流産した彼女に少しずつ躁鬱の症状が現れるようになります。1951年「欲望という名の電車」で孤独な未亡人を演じ、再びアカデミー主演女優賞を受賞。精神状態の悪化に苦しむ中も舞台への情熱は消えることはなく、1955年舞台「マクベス」では魅力的なマクベス夫人を披露します。

 しかし、1956年に再び流産、さらに躁鬱状態となり錯乱するヴィヴィアンにオリヴィエも追いつめられ、1960年2人は正式に離婚。病気が悪化してもなお舞台稽古を続けたヴィヴィアンですが、1967年結核を再発、53歳でその激しい生涯を閉じたのでした。

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