山内一豊の妻・千代から学ぶ夫を出世へ導くお金の使い方

公開日:  最終更新日:2015/06/26

山内千代(見性院)

山内千代(見性院)
1557年生まれ(〜1671年12月31日)
画像引用元:見性院 – wikimedia

山内一豊の妻、千代

 大河ドラマ「功名が辻」で話題となった山内一豊の妻千代は、一豊を無名の侍から一国一城の主に出世させた良妻として多くの人に親しまれています。

 一豊は信長、秀吉、家康のどの主君にも気に入られ、出世しました。それは妻・千代の力が大きかったと言われています。

 千代が夫一豊を出世へ導くためにした効果的なお金の使い方をしたエピソードについて、取りあげたいと思います。

へそくり黄金十両で駿馬を買う

 新婚時代のことですが、一豊は駿馬を一目見てどうしても欲しいと思うのですが、まだ貧乏暮らしのころでとても買うことが出来ません。そのことを知った千代はへそくり黄金十両をぽんと差出し「これでその駿馬を買って下さい。」と言ったのです。

 馬ぞろえ(観兵式)で信長に目が高いと褒められ とんとん拍子に出世します。夫の最も大切な場面で効果的なお金の使い方をした良妻として有名です。

家康の信頼を勝ち取り土佐二十四万石へと導く

 慶長五年、一豊は家康に従い上杉討伐に出陣しました。一方、石田三成は家康討伐のために大阪で兵を挙げます。この時、大阪の三成側から「味方するように」と密書が千代のもとに届きます。

千代は夫・一豊にこの密書の封を切らないまま家康に渡すようにと文を添え、使いを送りました。一豊はそれに従い家康を満足させます。そして掛川五万石から土佐二十四万石の国主へとのし上がるのです。千代の面目躍如と言ったところでしょうか。

 ところで一豊の城下・高知では、戦前は一豊夫婦の銅像が立っていましたが、戦争中銅像が供出された後は、一豊夫人が馬を引いている像に変わりました。

 千代は戦後の男性が描く妻の理想像なのでしょうか。どちらにしても、千代のお金というものの有効な使い方と 夫のバックアップの仕方は大いに学ぶべきでしょう。

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