クララ・シューマン、美しきピアニストの生涯

公開日:  最終更新日:2014/12/28

クララ・シューマン
1819年9月13日 – 生まれ(〜1896年5月20日)
画像引用元:クララ・シューマン – Wikipedia

美しきピアニスト

 作曲家シューマンに天才ピアニストと呼ばれた美貌の妻クララがいたことをご存知でしょうか?クララ・ヨゼフィーネ・シューマンは、19世紀ドイツで活躍した女流ピアニストです。ピアノ教師の父の指導を受け、早くに才能を開花させたクララは、わずか8歳にしてソリストとして管弦楽団と共演し、11歳でパリへ演奏旅行に出かけました。また、18歳にしてリサイタルを開いています。また作曲についても学び、14歳でピアノコンサルトを作曲、16歳の時メンデルスゾーンが指揮をしていた管弦楽団で発表をしました。

 彼女の演奏を聴いたゲーテは感激し「才能ある芸術家クララに」と刻んだメダルを贈りました。ショパンは友人リストに彼女の演奏を賛辞する手紙を送っています。ユーロ統合前のドイツの100マルク紙幣には彼女の顔が描かれていたことからも、クララがいかにドイツで愛されるピアニストであったかが分かるでしょう。

妻として母として

 1819年、クララはドイツに生まれました。1840年、20歳でロベルト・シューマンと結婚したクララは、8人の子供を授かり、幸せな家庭生活を送ります。しかし、ロベルトは次第に精神病を患うようになっていきました。

 1953年、当時まだ20歳であった若きブラームスがロベルトを訪ねてきました。その才能に感動したロベルトは彼を賞賛する評論を発表し、ブラームスの音楽活動のために尽力します。しかし、そのわずか4ヵ月後ライン川に投身自殺を図り、さらに2年後の1956年、45歳でなくなってしまうのです。
クララは、家計のためにピアニストとして演奏活動を行い、ピアノ教師として働きながらも、妻としてロベルトを支え、母として子供を慈しみ、懸命に生きました。

 そんな彼女をブラームスは献身的に支え、ロベルトの死後も生涯の友として親交を続けました。1896年クララは76歳でその生涯を閉じました。哀しみを乗り越え家族をささえ、毅然と生きた彼女の姿は、現代に生きる女性に今なお感動をあたえることでしょう。

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